大ヒットを記録した警察学校小説「教場」シリーズの最新作『教場0 刑事指導官・風間公親』が発売されました。タイトルの「0(ゼロ)」が示す通り、本作は「教場」シリーズの始まりの物語。あの鬼教官・風間の刑事時代を描く連作ミステリーです。
今回は、著者の長岡弘樹さんに、書店にまつわるエッセイをお寄せいただきました。トリックメーカーの異名をとる長岡弘樹さん。もしかしたら、ここに書かれたエピソードから、あっと驚く短編ミステリーがいつか生まれるかもしれません!
長岡弘樹
ながおか・ひろき。1969年山形県生まれ。筑波大学卒。2003年「真夏の車輪」で第25回小説推理新人賞受賞。2005年『陽だまりの偽り』でデビュー。2008年「傍聞き」で第61回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。『傍聞き』文庫版はロングセラーとなる。2013年『教場』が「週刊文春ミステリーベスト10」首位に。その他の著書に『線の波紋』『波形の声』『群青のタンデム』『教場2』『赤い刻印』『白衣の嘘』『時が見下ろす町』『血縁』。
『聞いちゃった! 書店版』 長岡弘樹
昨年の夏、永六輔さんが亡くなった。私も、その訃報をたいへん残念に思った一人だ。以前より私は、永さんがお書きになった本が好きだったのである。
ある人から「歩く盗聴器」と渾名をつけられたという永さんの著作には、『聞いちゃった!』(新潮文庫)などのように、市井人による金言を淡々と紹介していくスタイルのものが多い。ここではそれを真似て、私が実際にこの耳で聞いた「書店」に関する言葉をいくつか挙げ、若干のコメントを加えてみたい。
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『繁盛している書店で立ち読みした本は、よけいに面白い』
私の大学生時代に、ある講師が発した言葉。映画も、混んでいる劇場で見た方がより楽しく感じられるという。それと同じ理屈なのだろう。
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『みなさん手に取ってくださってますよ』
書店員さんの言葉。新刊が出て挨拶回りをすると、行く先々の店舗でこう声をかけてもらえる。ありがたいことである。拙著を手に取ったお客さんが、それを持ってレジに行くのではなく、元の位置に戻してしまう場合がほとんどだとしても。
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『レジで目を合わせてくれないお客さんが多いです』
これも書店員さんの言葉。実は私もその手の客である。別にイヤらしい内容の書籍でなくても、自分がどんな本を買ったのかを店員さんに知られるというのは妙に気恥ずかしいものだ。ある曲に「必ず手に入れたいものは誰にも知られたくない」という歌詞があるが、その心理がよく分かる、という人は多いだろう。
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『ときどき、隣に置く本を変えてみます』
これもある書店員さんから聞いた言葉。書籍は、近くにどんなタイトルがあるかで売れ方に差が出てくるものだ、と初めて教えられた。ちなみに話はそれるが、これを聞いたとき連想したのは、「数字の13は、12と14の間にあればそのとおりに見えるが、AとCの間にあるとBに見えてしまう」という現象だった。これを本格ミステリのトリックに使えないかと頭を捻ったことがあるが、結局ものにならなかった。
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『てめえぶち殺すぞ』
某書店にいた客の言葉。携帯電話に向かって大声で発されたもの。声の主は見た目からしてそのスジの人だったため、私を含めて周囲の客たちは凍りついた。
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『知らないことばっかりだねぇ……』
書店の棚をじっと見ていた年配の男性客が呟いた言葉。まことに同感だ。ずらり並んだ本のタイトルを横から順に眺めていったときほど、自分の無知さを思い知らされることはない。大きな書棚の前は、もしかしたら、人間が最も謙虚になれる場所ではないのか。
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『あの~、すみません。大学受験用の参考書はどこに置いてありますか』
これは私自身が某書店で発したもの。こんなのどこが面白いんだ、と疑問に思われるだろうが、実はこれ、書店員さんにではなく、まったく見ず知らずの客に向かって掛けてしまった言葉なのだ。
そのとき私は高校生で、相手の客は三十歳くらいの女性だった。彼女はごく普通の服装をしていたのだが、なぜか私の目には、その姿がエプロンをつけた書店員さんに見えてしまったのだった。自分の間違いに気づいたあとは、参考書を探すどころではなく、慌てて外へ逃げ出したことは言うまでもない。なぜあんな見間違いをしたのかは、いまもって謎のままである。
【著者の新刊】
- 教場0
- 著者:長岡弘樹
- 発売日:2017年10月
- 発行所:小学館
- 価格:1,512円(税込)
- ISBNコード:9784093864787
「こんな謎も解けないなら。交番勤務からやり直せ」
風間道場。
それは難事件の増加に業を煮やした県警本部長が、優秀な刑事の育成を目的として発案したシステム。
「謎を解かなければ、見捨てられる」
極限の状況下で新米刑事たちはいかに変化していくのか?
大人気シリーズ待望の最新作!(小学館『教場0 刑事指導官・風間公親』特設サイトより ※試し読みできます)
(「日販通信」2017年10月号「書店との出合い」より転載)
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