現代を代表する歌人であり、ユーモアあふれるエッセイも人気の穂村弘さん。1月24日(火)には、最新エッセイ集『野良猫を尊敬した日』が発売されます。
穂村さんが綴るエッセイは、現実に対する違和感から生み出される“おかしみ”も魅力の一つ。
そんな日常はどのような空間で営まれているのか、穂村さんの仕事場に伺い、お話を聞きました。
- 野良猫を尊敬した日
- 著者:穂村 弘
- 発売日:2017年01月
- 発行所:講談社
- 価格:1,512円(税込)
- ISBNコード:9784062203951
子供時代や青春時代のみずみずしくも痛切な記憶、大人になっても未だ世界とうまく折り合えない不器用な生き方をユーモアを込めて描く、ちょっとヘンでほのぼの可笑しい魅力のエッセイ集。
拘りのコレクションが並ぶ仕事場
穂村さんの仕事場については、『野良猫を尊敬した日』にも「拘りの品がぎっしり並んだ部屋」(「微差への拘り」より)との一節があり、ワクワクしながら2階への階段を上ります。
ドアを開けると暖かな日差しが降りそそぐ、白を基調とした明るい印象の室内。書庫が別にあるため書籍は少なく、古い映画のチラシやステッカー、小物といったアンティークのコレクションが室内のそこかしこに飾られています。
「本を集めていると、(興味が)本から雑誌に、雑誌から紙にいく人が多いんです」
穂村さんの言葉通り、コレクションには紙ものがたくさん。仕事机の右手に飾られているコレクションの一部がこちらです。
左は、戦前(1932年)に開催されたロス五輪のプログラム。縦軸に種目、横軸に日時が並んでおり、開催日程が一目でわかるようになっています。
その隣にある3枚のステッカーは左から、当時満州鉄道が世界に誇った特急「あじあ号」、東京ステーションホテルの前身である「東京鉄道ホテル」、日本初の西洋料理店「築地精養軒」のもの。
これらの品々は、穂村さんの好みを知っている古書店や、インターネットで入手することが多いのだそうです。
タイトルになった「野良猫」に遭遇!
『野良猫を尊敬した日』は、北海道新聞に掲載されたエッセイを中心に、62篇を収めた一冊。タイトルは、風邪をひいてしまった穂村さんが熱にうかされる中で、庭に来る野良猫の大変さを思いやる表題作からつけられています。
……と話したところで、庭先に当の猫が登場! 「いつも私のことを睨みつけて、すごくうなるんです。もう何年も煮干しをよこせと毎日来るんだけど、まったくなつかない」と穂村さん。
それでも窓越しにカメラを構えると、警戒しつつしっかりポーズをとってくれました。
確かにあるのに言語化されていないものを、言葉にしている
北海道は、穂村さんの出身地でもあります。「親族がみんな北海道の出身なので、(収録されているエッセイには)なんとなく家族や子どもの頃の話が多くなったかな」。
後悔の残る母との最後の会話、「ひとんちのごはん」が苦手だった子ども時代、父と子どもの頃に住んだ家を巡る話……。ほかにも、ふとした会話に世代差を痛感したり、サイン会で読者の発言にもやもやしたり。思わずニヤリとしてしまうエピソードや、時にノスタルジックな情景が、穂村さんならではの視点で展開されていきます。
ちなみに穂村さんはエッセイを書く時、特に何も考えずに書き出すことが多いのだそう。
「(中原)中也なんかも書いていますけれど、(詩や短歌・俳句などの)韻文では、言葉が言葉を生むという感覚が実感としてあります。事前に不定形のものだけがあって、それを言語化すると言葉が連なって出てくる」
「階段も、特に手足のコントロールを意識して上り下りするわけではないでしょう。一歩が次の一歩を引き出す感じだけれど、逆に意識するとその感覚が狂ったりする。そういう言語運動に近いですね」
自身のダメな部分や過剰な自意識、小心ぶりさえも躊躇なく綴る理由については、「『こういった感覚は言語化されてないな』というタイプの弱点がある気がして、それを“満天下に問いたい”という気持ちがあります(笑)」。
「たとえば家族が死んでも、なんとなくぼーっと放置してしまうような感情って、“あるだろう、これ!”と。能動的でない悪みたいな感じ。なんとなく面倒くさくて何年もできなかったことが、ある日やってみたら半日で終わっちゃって茫然、みたいな(笑)」。
インターネットの手続きが厄介で、日に何度も漫画喫茶に通うことが何年も続いたり、目の前で自転車に乗った男性が転んでも立ちすくむだけだったり。その光景がユーモラスに描かれているので思わず笑ってしまいますが、同時にその感覚には、私たちも深く共感できるのではないでしょうか。
また、言葉や表現について考察する1篇「どうしても書きたいこと」では、「そこでは、世界と自分が混ざったり、くるくると入れ替わったりする。また、一つの言葉が次の言葉を呼んで、透明なドミノ倒しのように思いがけない流れを作り出すこともある」と書かれています。
穂村さんにとっての表現は、まさに「形のない何か」を言語化する作業とも言えそうです。
「自分の中にある、すごく大きなウェイトを占めているものが、世間的にないことになっているというのは不安じゃないですか。これってどうなんだろうと気になることを書くと、それはあると皆言うけれど、それならなぜ、今まで明示化されていなかったんだろうと」
「形而上的なことにも関心があるんです。例えば哲学とか。“時間とは”“存在とは”“神とは”といった、子どものときに考えたようなことが、今もずっと気になっています」
「一方で、菓子パンみたいな形而下的なことにもすごく囚われる。両サイドに意識が引き裂かれるような感じがあって、その中間にある政治や経済、流通、株式などは極端にピンとこない。そこは全然定見がないから、意見を聞かれても何もないんですよね。僕に聞く人はもういないけれど(笑)」
自分を取り巻く世界との距離感や、そっと置かれた言葉の瑞々しさ。『野良猫を尊敬した日』を読んでいると、随所に光る感性にハッとさせられ、自分が日々忙殺されていることを実感しますが、穂村さんによれば、それは「(感性を)全開にしていると、日常生活に差し障るから」だそう。
「日常生活って基本的に“サバイバル”で、生きるために必要な情報と、そうじゃない情報がありますよね。でも僕は、必要でない情報にすごく囚われる。それはサバイバル的には不利なんだけれど、僕は(生きることの)最終目的は、サバイバルではないと思うんです。でも、その最終的な目的ではないことに、ものすごく資源を割いて暮らしている人は多いと思います」
「そのズレをあまり感じていない人には、僕が書くものは必要ないのでは。逆に焦燥感や違和がある人には、ニーズがあると思っています」
穂村 弘 Hiroshi Homura
1962年、北海道生まれ。歌人。1990年歌集『シンジケート』でデビュー。その後、短歌のみならず、評論、エッセイ、絵本、翻訳など幅広い分野で活躍。2008年、短歌評論集『短歌の友人』で伊藤整文学賞、連作『楽しい一日』で短歌研究賞を受賞。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』、エッセイに『世界音痴』『にょっ記』『絶叫委員会』『君がいない夜のごはん』『蚊がいる』『ぼくの短歌ノ-ト』『鳥肌が』などがある。
- はじめての短歌
- 著者:穂村弘
- 発売日:2016年10月
- 発行所:河出書房新社
- 価格:562円(税込)
- ISBNコード:9784309414829
- 穂村弘の、こんなところで。
- 著者:穂村弘
- 発売日:2016年09月
- 発行所:KADOKAWA
- 価格:1,674円(税込)
- ISBNコード:9784046014320
- 鳥肌が
- 著者:穂村弘
- 発売日:2016年07月
- 発行所:PHP研究所
- 価格:1,620円(税込)
- ISBNコード:9784569830513