父と西部劇
父よ、ありがとう。最近、よく思う。私の亡父は自称アメリカ人で進駐軍として日本に来たと、幼い私に冗談を言っていた。アメリカ人かはともかく(もちろん生粋の日本人です)、カントリーミュージックが好きで、休日はウエスタンブーツにジーンズ、テンガロンハットの出で立ち。高校球児だったためか背が高く、そこそこカッコよかった。
今思うとなかなかイケていたのだが、近所付き合いも現代よりも遥かに濃く、より世間体を気にする、半世紀近く前の日本の田舎である。「頼むから、その恰好で外へ行かないでくれ。ご近所にどう思われるか」と、母がよくこぼしていた。母の影響で、私も父のウエスタンスタイルは「恥ずかしい恰好」とインプットされた。しかし、その父の影響から逃れられるわけがない。
私が小学生の頃は、テレビでよく西部劇が放映されていた。父が観ているので、必然的に私も観る。ある日、「三人の名付け親」という西部劇を観た。で、ハマったのである。西部劇と”デューク”ことジョン・ウェインに。デュークの評価はともかく、それから、新聞のラテ欄で西部劇のチェックを欠かさず、関連の書籍を読むほどになった。親子揃って……と母は思っていただろう。しょうがない、男にしか理解できないロマンだもの。
そんな私の西部劇熱も、デュークが癌でこの世を去り、ローレン・バコールと共演した遺作「ラスト・シューティスト」を観た後、急に沈静化した。中学に上がると、ガンダムと、松田聖子、そして前年に暗殺されたジョン・レノンの影響か、ビートルズの方へ傾いていった。何を勘違いしたか父は、ビートルズを聴いている私に、やたらとハンク・ウイリアムズを聴かせたがった。洋楽に興味を持ち始めたから、カントリーミュージックも好きだろうという、かなり大雑把な考えだったのだろう。残念ながら父の思惑ははずれ、若くして世を去った伝説のハンク・ウイリアムズを聴くことは、今に至ってもない。
さて時は流れた。数年前、父と西部劇のことをある作家に話した。西部劇の造詣が深いことで有名な方で、私の知識に「お主なかなかやるな」とお褒めいただき、「お父上がご存命ならぜひお会いしたかった」とまで言ってくださった(後に、その方のアリゾナ取材に同行することになる)。以来、幼い頃の西部劇熱が甦ってしまった。老若問わず男性作家には西部劇の話をする(というか、たまに西部劇のDVDを押し付けているらしい)。意外にも、皆よく観ていて盛り上がるのだ。
「小説BOC」で特集を組むかはともかく、西部小説はアメリカン・ハードボイルドの原点でもある。知らずしらずとはいえ幼少の頃から、そういう世界を観ていたのだから小説の編集者になることは、今思うと必然だったのかもしれないと、ひとり納得している。だから、母と一緒に「その恰好は恥ずかしいからやめて」と言ってごめんなさい。父よ、あなたのおかげで、今の私があるのだから。
中央公論新社「小説BOC」編集長
髙松紀仁―TAKAMATSU Norihito
1968年生まれ。中央公論新社文芸局第二編集部部長 兼「小説BOC」編集長。
「小説BOC」
伊坂幸太郎をはじめ豪華作家陣による競作企画「螺旋」をはじめ、今までと違う、フレッシュな切り口の文芸誌。1月17日(火)発売の第4号は、大増ページの新年特大号。特集は読み切り小説やマンガなどの「猫ミス!」
- 小説BOC 4
- 発売日:2017年01月
- 発行所:中央公論新社
- 価格:1,080円(税込)
- ISBNコード:9784120049316
(「日販通信」2017年2月号「編集長雑記」より転載)