短歌のみならず、エッセイ、書評、評論ほか、幅広いジャンルで活躍する人気歌人の穂村弘さん。『あの人に会いに』は、そんな穂村さんが各界を代表する“すごい”クリエーターたちの、創作の秘密に迫る対談集です。
登場するのは、いずれも穂村さんが若い頃から作品に触れ、憧れてきた表現者たち。創作の源から作品への向き合い方まで、9人9様の刺激的な対話が繰り広げられる本書について、穂村さんにお話を伺いました。![]()
- あの人に会いに
- 著者:穂村弘
- 発売日:2019年01月
- 発行所:毎日新聞出版
- 価格:1,728円(税込)
- ISBNコード:9784620325484
対談登場者
・谷川俊太郎(詩人) ・宇野亞喜良(イラストレーター)
・横尾忠則(美術家) ・荒木経惟(写真家)
・萩尾望都(漫画家) ・佐藤雅彦(映像作家)
・高野文子(漫画家) ・甲本ヒロト(ミュージシャン)
・吉田戦車(漫画家)
「よくわからないけど、すごい人」の秘密に迫る
――本書に収められた対談は、「辞書のほん」(大修館書店・現在は休刊)で連載されたものですね。連載時のタイトルは「よくわからないけど、あきらかにすごい人」ですが、テーマはどのように設定されたのですか?
「すごい人」は世の中にいっぱいいるけれど、謎があるクリエーターといえばいいでしょうか。よくわからないけど、すごい。その2つが並ぶところがポイントです。
たとえば吉田戦車さんはある時期から顔出しされるようになりましたが、それ以前はあのシュールな作風で名前が“戦車”だから、どんなキャラクターなのかまったく見当がつかなかった(笑)。
高野文子さんが『絶対安全剃刀』でデビューした時も、「転校生がいきなりテストで学年トップになってしまったような恐ろしさ」と誰かが書いていました。どこかから出現した人が、いきなり最高の作品を作ってしまったというイメージがありました。
――本書ではそんな錚々たる方たちが、現在にいたるまでどのように創作に向き合ってきたのかが語られていますね。
それぞれ画期的な仕事をした方たちですが、宇野亞喜良さんや横尾忠則さんなどは常に危険な匂いがあって、「次に何をしてくるのかわからない」とハラハラする感じがずっとある。そういう人の創作の秘密を聞いてみたかったんです。
表現の現場から浮かぶ、時代感覚
――その“ハラハラする感じ”は対談中にもありましたか?
この対談では、それぞれのクリエーターの、いわゆる“企業秘密”の部分に立ち入ろうというはっきりとした意識を持っていました。
かなり突っ込んだ質問もしているので、そういう面での緊張感はありましたが、登場いただいたのは僕が大ファンである人たち。その思いは伝わっていると思いますし、過去の仕事でよく知っている人も多いので、具体的なことも話してくれていますね。
――谷川俊太郎さんと佐野洋子さんの夫婦時代のお話などは、踏み込んだ内容でドキドキしました。
そうですよね(笑)。谷川さんにはどんなに突っ込んだことを聞いても、怒られることはないだろうなという安心感もあって。
この企画の最初に登場してもらった谷川俊太郎さんや横尾忠則さんは、ちょうど僕の30歳くらい上の、今80代の世代です。そのときは無意識でしたが、その世代は作ってきたものが素晴らしいということもあるし、ずっと時代のトップクリエーターですよね。その秘密も知りたいなと思いました。
――宇野亞喜良さんも含め、その世代の方とのお話では、60年代の表現の現場の状況と、穂村さんが経験し触れてきたものとのお話がクロスして語られていますね。その頃を知らない世代にとっても、時代の空気が感じられて興味深いのではないでしょうか。
いわゆるアングラの時代ですよね。学生運動の匂いのあった革命幻想の時代。それが終わったのが1970年の大阪万博あたりだといわれますが、そこでアングラ的なエネルギーが1回なくなった。
万博からバブルまでは成長志向一直線で、91年のバブル崩壊以降は阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など時代感覚が非常にダークになっていく。そういった移り変わりが、対談の中で自然と浮かび上がる感じはありましたね。
創作には、“直感”と“自分をジャッジする”客観性が必要
――対談からは、みなさんが率直にお話しされている雰囲気が伝わってきます。穂村さんもかなり食い下がって質問されていますよね。
そこはけっこう大事で、かなりの数のインタビューを受けてきている人たちなので、質問に対する “公式”の答えがあるんです。でもそこで満足しないで、もう一歩、二歩食い下がろうという方針でした。
たとえば吉田戦車さんが『伝染るんです。』を「ストーリー漫画の添え物じゃねぇぞ」という気持ちで始めたことや、高野文子さんが「マンガは、攻撃しなきゃだめだと思ってやってた」というお話を聞くと、なるほどなと非常に腑に落ちるものがありました。作品からも、そういう意志というか、意識の持ちようが感じ取れますよね。
――年齢、ジャンルが異なる9人との対話が並んでいるので、自然と創作における共通点や違いが浮かび上がってくるのも、対談集ならではのおもしろさでした。
表現の仕方は違っても、近いイメージを持っていらっしゃるんだなと思うことはありました。
たとえばインスピレーションの話では、谷川さんは「昔は上からやって来るイメージがあったけれど、すべて下から来るのではないか」、横尾さんは「表現者はインスピレーションの大海の中を漂っているよう」と語っていて、共通するものがありますよね。
ほかにも、創作には「右脳と左脳」や「論理と直感」などその両方が必要だということを、何人かの人がそれぞれの表現で話されていて。優れたクリエーターは直感優位に見えがちですが、みなさん自分をジャッジすることの重要性をおっしゃっていました。
〉〉次ページ「100パーセントの天才である必要はない」に続く
「100パーセントの天才である必要はない」
――本書では才気あふれる方たちの“秘密”が、私たちにもわかりやすく解き明かされていますが、その秘訣はどのようなところにあるのでしょうか。
それは僕の中に強くある、“凡人”の感覚を出すだけでいいようなところがあります。
登場いただいたみなさんには、「どうしたら、あなたみたいに素晴らしい作品が生み出せるんですか」ということを聞いているわけですが、「そう言われても普通の人は同じようにできない」ということも伝えなくてはならない。
ただ対談を終わって感じたことは、「特殊な人はひとりもいなかった」ということ。ある意味自分と変わらない、普通に会話している人が、ものすごい作品を作ってしまう。そこがおもしろいところで、きっと回路の問題なんだと思うんです。
――“回路の問題”とはどういうことでしょうか?
みなさん90パーセントくらいは普通の人で、彼らはその普通さの中から“輝き”を作り出す回路を掴んだ人たち。つまりその回路の構築さえできれば、誰もが素晴らしいものを作る可能性はあるんじゃないでしょうか。
同じように才能があっても、うまくアウトプットできる人とそうでない人の違いは何なのかということに興味がありましたが、対談を重ねていくうちに、100パーセントの“天才”である必要はないんだなと思うようになりました。
――アウトプットが優れた人には、その“輝き”がある、と。
輝きとは、別な言い方をすれば「今、唯一無二だと思われている現実を覆す可能性」のことですね。“革命”と言い換えてもいい。血が一滴も流れなくて、けれども人間の心が変わることが革命だとすると、武力や経済力で革命を起こしたとしても、本質的には成功していないといえます。
表現や芸術はそういう“本質的な革命”を志向するものだから、僕にとっての輝きはその可能性を提示できることなんです。
お金と愛、2つの世界のはざまで
――そういう風に表現をとらえると、なんだかワクワクしますね。
たとえば、「地球上ではお金というものが存在しない国はないと思うけれど、お金の概念がない世界の可能性はないのだろうか」と考えてみる。もし宇宙人が来たとして、宇宙人にお金の概念があるかというと、可能性は低そうですよね。
これも、いまある概念や当たり前だと思われていることが、どの程度便宜的なものかというひとつの思考実験なわけですが、それをどの程度魅力ある形で提示できるかが表現の本質だと思うんです。
愛にしても、「どの程度必然性があるのかな」とかね(笑)。
いまの我々にとっては、両極にお金と愛があるイメージでしょう? お金も愛も大事だといわれるとうんざりするけれど、もちろん僕も、お金も愛もいっぱい欲しい(笑)。そこは自分の限界だなと思うところでもあって、お金も愛もまったくいらないクリエーターがいたら、ものすごくいいものを作るんじゃないかな。
――萩尾望都さんとの対談の中で、そういう“大人の社会”で生きていくことについてのお話がありましたね。物質的な現実社会と、そういうものにとらわれない世界。「その2つの世界の間で、揺らぎながら生きていてもいい」というお話が印象的でした。
本当に素敵だったんです、そう言われた時の萩尾さん。子どものいいところと大人の魅力が両方あって。
――対談の端々に、そうしたみなさんの人間性と、それぞれに対するリスペクトが詰まっていますよね。本書は、穂村さんにとっても格別な対談集になったのでは?
僕にとって、ここに登場してくれた人たちと同時代に生きているということは、大きな意味を持っていると思います。
高橋源一郎さんが、評論家の吉本隆明さんが亡くなったときに朝日新聞に寄せた追悼文で、「吉本さんの、生涯のメッセージは『きみならひとりでもやれる』である」と書かれていましたが、高橋さんは吉本さんの影響を一番大きく受けた世代ですよね。
ある人にとって吉本隆明がいるということは、「この世で信頼できる人が一人はいる」ということで、それはすごく大きなこと。
僕は思想家ではそういう人を見つけることができなかったけれど、苦しかった青春時代に、「こんな素晴らしい作品を作った人がいるなら、この世の可能性はゼロではない」と思えるクリエーターたちに出会うことができた。
この本は、そんな人たちに会いに行った一冊です。
穂村 弘 Hiroshi Homura
歌人。1962年、北海道生まれ。歌集『シンジケート』でデビュー。著書に『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』『ラインマーカーズ』『ぼくの短歌ノート』『世界音痴』『にょっ記』『本当はちがうんだ日記』『野良猫を尊敬した日』ほか。訳書に『スナーク狩り』(ルイス・キャロル)ほか。『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、「楽しい一日」で第44回短歌研究賞、『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞、『水中翼船炎上中』で第23回若山牧水賞を受賞。
- あの人に会いに
- 著者:穂村弘
- 発売日:2019年01月
- 発行所:毎日新聞出版
- 価格:1,728円(税込)
- ISBNコード:9784620325484
【もくじ】
「よくわからないけど、あきらかにすごい人」に会いに行く――穂村弘
谷川俊太郎(詩人) 言葉の土壌に根を下ろす
宇野亞喜良(イラストレーター) 謎と悦楽と
横尾忠則(美術家) インスピレーションの大海
荒木経惟(写真家) カメラの詩人
萩尾望都(漫画家) マンガの女神
佐藤雅彦(映像作家) 「神様のものさし」を探す
高野文子(漫画家) 創作と自意識
甲本ヒロト(ミュージシャン) ロックンロールという何か
吉田戦車(漫画家) 不条理とまっとうさ
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